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科学読み物研究家・鈴木裕也の書評で読む『「欲しい」はこうしてつくられる』

2023.06.09

 

一般向けポピュラーサイエンス読み物を読み漁り、書評を書くライター・鈴木裕也さんが選んだ、イチオシの本を紹介するコーナーです

(白揚社の書籍に挟んでいる「白揚社だよりvol.15」からの転載)

 

 

消費者を「欲しい!」へ導く企業の〝奥の手〟を種明かし

 

帯の文句に惹かれた。昔から知りたいと思っていた「なぜ広告の時計の針は10時10分を指しているのか?」という謎が示されているうえに、「あなたは『欲しい』を生み出すトリックに囲まれている」とも書かれている。しかも副題に「脳科学者」が「教える」とも。ただのマーケティングの解説本なら本書を手に取ることはなかったはずの私が本書を読み始めた理由はそれだった。

 

本書は、企業が神経科学や心理学を用いて、商品を大量かつ効率的に売るために行う「ニューロマーケティング」について、その裏の裏まで解説している。われわれ消費者に気づかれぬように仕掛けられている「欲しい!」と思わせる罠について、実例を交えて教えてくれる、ありがたい一冊だ。

 

たとえば第1章では、人間の脳がいかに騙されやすいかが多数の実例とともに示される。驚いたのはワインの味の実験だ。脳の神経活動を観察するfMRI装置を使って、ワインを飲んだ時の快楽中枢の反応を調べたところ、「高価なワインだ」と告げられて飲んだワインのほうが「安価なワイン」と言われた時より快楽中枢は激しく発火した。被験者が飲んだワインはまったく同じワインだったにもかかわらずに、だ。

 

騙されやすいのは味覚だけではない。「ナイキのゴルフクラブ」だと信じているときのほうが、「ノーブランドのクラブ」で打ったときよりも強く正確な打球を飛ばした。もちろん、こちらの実験でも用いられたのはまったく同じクラブだった。

 

自社製品を目立たせるために企業が用いるのが「アンカー」だ。錯視の実験では、同じ色の正方形でも薄い色を背景にした時のほうが、背景が濃い色の場合より濃く見える。これと同様の仕組みを多くの企業がマーケティングに用いている。有名な「ティファニーブルー」はこの手法が成功した例だ。女性らしさの象徴とされるピンク色の商品群の中で、あえてブルーを打ち出すことで強いイメージを植え付けた。テレビ番組中の音声より、番組の隙間に流れるCMのほうが音量が大きいのも同じ狙いがあるという。

 

買いたい衝動を抑制させない巧みな戦略

 

本書にはこうした事例がこれでもかというほど紹介されている。面白かったのは、脳科学で衝動に耐える力を表す尺度「Kファクター」を利用した販売戦略についてのくだりだ。Kファクターが下がれば、人は購入意欲を抑えにくくなる。そのための手段は、たとえば「期間限定」や「数量限定」。この機会を逃したくないという気持ちに誘う販売戦略の常套句だという。さらには「送料無料」というセールストークもKファクターを下げ、購入の衝動を抑えにくくしているという。まさに私たちが通販CMで毎日のように聞かされるセリフではないか!

 

その時の勢いで買ってしまい、あとになって後悔したことは誰もが経験済みだろう。それは、消費者が気づかないうちに、企業が脳科学や心理学の知見を応用して商品を売るための戦略を仕掛けているからだったのだ。本書を読むと、それがよくわかる。

 

もちろん、広告の時計の針がいつも10時10分を指している理由も述べられている。アマゾンのロゴを思い出してほしい。amazonの「a」の文字の下から「z」の下まで矢印が伸びているおなじみのマークは笑顔の形を示している。広告の時計が指している時刻も笑顔を模しており、これはほかのどの時刻を示している場合より購買意欲を高めるという。

 

はたして私たちが抱く「欲しい!」という感情は、本当に自分の本心から生まれたものなのか? もしかしたら企業の巧みな販売戦略によって生まれただけの感情かもしれない。本書を読んで企業の手の内を知れば、あなたのKファクターは簡単には下がらなくなるはずだ。(鈴木裕也・科学読み物研究家)

 

 

 

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白揚社だよりVol.15 

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