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科学読み物研究家・鈴木裕也の書評で読む『宗教の起源』

2024.08.27

一般向けポピュラーサイエンス読み物を読み漁り、書評を書くライター・鈴木裕也さんが選んだ、イチオシの本を紹介するコーナーです

(白揚社の書籍に挟んでいる「白揚社だよりvol.20」からの転載)

 

進化心理学という新しい視点で論じられた
「信じる心」=宗教の始まりと発展

 

科学読み物好きの私にとって「宗教」は鬼門である。科学とは対極にあるもののように思ってしまうからだ。おまけに私はどの宗教も信じていない立場にいる。だからこれまで、宗教学の本を読む必要性を感じたことはなかった。しかし本書は、進化心理学の大家が従来の宗教研究手法と一線を画し、ダーウィン進化論で宗教を論じたものだという。科学読み物、とりわけ進化論関連本が好きな私は、半信半疑の思いでページをめくり始めた。するとすぐに、人類学や進化心理学や神経科学等の知見を用いて、論理的に宗教の起源を考えようとする著者・ダンバーの試みの面白さに引き込まれていた。

 

もともと霊長類学者だったダンバーは、研究を進めるうちに進化心理学に転向した。そして人類の社会性を研究するなかで、人が真に親密性を感じて暮らすことができる集団のサイズがおよそ150人であるという仮説にたどり着く。実際、狩猟採集部族の構成人員を分析すると、氏族のサイズはほぼ150人になっている。またどんなに友人が多いという人でも、顔や性格まで思い浮かべられる人の数もだいたい150人程度になっているという。この数字は発見者である著者の名を冠して「ダンバー数」と呼ばれている。実は私自身も、毎年の年賀状の注文枚数はちょうど150枚だった。大学を卒業して最初に入社した出版社の社員数も150人、バブル期に行った派手気味な結婚披露宴の招待者数も150人だった。「ダンバー先生、恐るべし」と思ったときには、もうページをめくる手が止まらなくなっていた。

 

しかし、敵部族からの襲撃から身を守るため、部族が集まり共同で防衛するためなどの理由から、時代とともに集団のサイズは拡大する。大きくなった共同体を維持するために農耕が始まり、さらにその規模は大きくなる。だが、ダンバー数を超える人数になると、内部にストレスや暴力が発生し、集団は分裂してしまう。共同体を維持し結束を強めるため、踊りや祈りなどの儀式を伴った宗教という装置が必要となったのではないか、とダンバーは考察を進めていく。この考察の過程が、本書の読みどころと言っていい。

 

宗教誕生には欠かせない人類の能力とは

 

私が最も夢中になったのが、言語の進化と宗教の発生を関連付けて論じた部分だった。ダンバーはこう言う。

 

「宗教がなくとも言語は生まれるが、言語なしでは宗教は生まれない」

「自分の観念を他者に伝達する能力がなければ宗教は成立しない。神の存在を信じることはできるだろうが、それだけでは宗教とはいえない。それはただの信念だ。少なくとも二人が同意して初めて信念は宗教になる」

 

つまり、メンタライジング(相手の意図を理解する能力)が宗教には必要で、それが可能になったのは、約20万年前=解剖学的現生人類が登場してからだという。

 

私は読書の際、気に入った言葉が出てくると赤線を引きながら読む癖があるのだが、言語と宗教について論じられた部分は赤線だらけになってしまった。

 

ダンバーはさらに、キリスト教やイスラム教などの教義宗教が誕生していく過程についても、進化心理学的なアプローチから論じていく。宗教の歴史というよりは、人類の歴史を読み解いているかのような壮大な考察は、「目から鱗」の連続だった。

 

冒頭で私は無宗教であると書いたが、そう言い切るほど自信があるわけではなかった。なぜなら、親の葬式は仏教式で行い、自分の結婚式は神式で挙げた。ピンチに陥れば無意識のうちに「神様……」と祈っている。しかし、本書を読み終えた今なら自信を持って言える。ダンバー論にならえば、私の信心は宗教ではなく信念にすぎなかったのだ。

 

知的好奇心を満たすこと請け合いの一冊だ。     (鈴木裕也・科学読み物研究家)

 

宗教の起源

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白揚社だよりVol.20

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