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科学読み物研究家・鈴木裕也の書評で読む『家は生態系』

2024.06.26

一般向けポピュラーサイエンス読み物を読み漁り、書評を書くライター・鈴木裕也さんが選んだ、イチオシの本を紹介するコーナーです

(白揚社の書籍に挟んでいる「白揚社だよりvol.12」からの転載)

 

生態学者が手をつけてこなかった
「家の中の生態学」の驚くべき世界

 

読む前から、絶対に面白いと予想していた。何しろ好著を連発しているロブ・ダンの著書なのだから。実際、読み始めてすぐ、その予感は確信になった。

 

冒頭で著者は、平均的な米国の子供は生活時間の93%を屋内または車内で過ごしているという調査を示し、「人類はホモ・インドアラス(屋内人)になった」と言う。コロナ禍の今は、さらに屋内人化が進んでいるはずだ。では、その家の中で約20万種の生き物が発見されていると聞いたら? 家の中にいる生物を調査した著者らの研究グループは、その結果にビックリ仰天したというが、読者はもっと驚くだろう。本書の原題「ネバー・ホーム・アローン」が示すとおり、私たちは「家で独りぼっちではない」のである。

 

いったいどんな生物が私たちの身の回りにいるのか。著者らは、協力を得た市民たちに家の中の各所のホコリを綿棒で採取してもらい、それを解析した。その結果、最も多かったのは、食品由来の細菌や、皮膚常在菌など人間由来の細菌だが、これは研究者たちの想定内。彼らがビックリしたのは、ツンドラ地帯や熱水泉などに生息する細菌が屋内で多数発見されたからだ。例えば給湯器から出る熱湯には、間欠泉で生息して熱を好む細菌が高確率で棲んでいる。冷蔵庫には酷寒の地域に棲む細菌がいる。そのほかにも極限環境にしかいないと思われた生物種が屋内から発見されたのだ。細菌だけではない。徹底捜索の結果、著者の家からは100種以上の節足動物(!)の存在が確認されたのだ。

 

「わが家はきれいにしているから大丈夫」と思っている方、それは考えが甘い。NASA(アメリカ航空宇宙局)はISS(国際宇宙ステーション)に地球上の微生物を持ち込まないため、万全の対策を施した。しかし、綿棒による調査をISS内でも実施したところ、地球の便座や枕カバーと似た人間由来の細菌相が現れたのだ。無菌状態はNASAでもつくれなかったというわけだ。

 

屋内微生物たちが果たす有益な役割

 

それなのに、世の多くは除菌や消毒に神経質になっている。コロナ以降はさらにその傾向が強くなった。テレビCMは除菌グッズを盛んに宣伝し、スーパーには専門のコーナーができるほどだ。

 

著者は、過剰な除菌はやめたほうがいいと助言している。人体や家屋の微生物を死滅させて無菌状態に近づけると、そこに競争相手がいなくなった病原菌が入り込み増殖し、定着してしまうからだ。無害な微生物たちが形成している生態系は、有害な微生物たちの定着を防ぐ役割を果たしているのである。炎症性腸疾患やクローン病など、免疫系の機能不全による現代病は「いるべき菌がいないこと」が原因だという研究も本書では紹介されている。

 

もっと有益な微生物のことは誰もがご存じだろう。キムチやチーズ、パンなどの発酵食品を作る微生物たちだ。発酵微生物たちは酸を生成することで病原菌を寄せ付けなくするが、彼らも職人の手や家屋に棲み着いている。本書ではフランス産のチーズ「ミモレット」が紹介されているが、その生成過程の顕微鏡写真が怖い。無数のチーズダニが活躍している姿が写っているからだ。

 

ではいったいどうするべきなのか。著者は「まず家に自然を取り戻すことだ」と言う。生活の中に多種多様な生物を取り戻すことができれば、その恩恵を受けられるようになるという。そんなの無理だって? いや、チーズやキムチが食べられるんだから、きっと大丈夫だ。(鈴木裕也・科学読み物研究家)

 

家は生態系

⇒noteで『家は生態系』のプロローグを試し読みいただけます

⇒目次など詳細はこちら

 

 

白揚社だよりVol.12

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