科学読み物研究家・鈴木裕也の書評で読む『空気と人類』
一般向けポピュラーサイエンス読み物を読み漁り、書評を書くライター・鈴木裕也さんが選んだ、イチオシの本を紹介するコーナーです
(白揚社の書籍に挟んでいる「白揚社だよりvol.10」からの転載)
◆
たかが「空気」がこんなに面白いとは!
世界を動かしてきた「気体」の物語
空気がなければ人間は生きていけない。それほど大事なものなのに、そこにあるのが当たり前すぎる存在を「空気のような存在」と言う。実際、誰もが空気をそんなふうにみている。科学界きってのストーリーテラーと称される著者は本書で、そんな空気の存在を白日の下にさらすことに挑んだ。つかみどころのないテーマだと思うなかれ。全編を通して、空気にまつわるビックリ仰天のエピソードが、実に読みやすく詰め込まれている。
本書の原題『Caesar’s Last Breath(カエサルの最後の息)』となった逸話は冒頭に描かれているが、手練れの筆致でサイエンス読み物の醍醐味たっぷりだ。ローマの政治家・カエサルが議場で殺され「ブルータス、お前もか」と言って死んだ。この時、カエサルが死に際に吐いた約1リットルの息に含まれる分子数は 250垓(億、兆、京の次の単位)個。これらは1~2年後には地球全体に分散される。これがどのくらいの密度になるかを著者は計算で求めた。その結果、カエサルが吐いた息に含まれる分子のどれかは、あなたの呼吸1回の中に含まれている計算になるという。もちろん、これはカエサルの息でなくても構わない。たとえばアインシュタインの息に含まれていた分子でも同様なのだ。この結論を導くまでの語り口の軽妙さに、あっという間に引き込まれてしまった。
およそ45億年前の誕生以降の地球大気の歴史について書かれた第1章でも、その筆致は冴えまくる。驚かされたのは、「あなたの身の回りにあるもの(中略)すべては気体から始まっている。そう、あなたも昔は気体だった」という部分。遠い昔の物語が、一気に身近なものに感じられ、ページをめくる手が止まらなくなった。
ストローで飲める高さには限界がある
その後も、二酸化炭素や水素など空気の成分が次々と〝発見〟されていく18世紀後半の発見競争の様子や、蒸気機関・熱気球など、人類が空気を利用してきた歴史、さらに気象工学や温暖化を含む未来の空気についてなどが、博覧強記ともいえる面白雑学をとりまぜて紹介されていく。章の合間にも、自在に屁を操り一世を風靡した男、アインシュタインが考案した冷蔵庫……と科学なのに人間臭い魅力的なコラムが織り込まれている。
忘れてはならない! 本書の面白さは巻末注にも随所にみられる。たとえば地球上では気圧の関係で約10メートル以上の高さからストローで飲み物を吸っても口には届かないという。では、金星や火星、月ではどうなのか? 一冊丸ごとあらゆる箇所に出し惜しみなく興味深い話が提供されている。
最終章は、太陽系外の生命の見つけ方のヒントや温室効果ガスについてだ。〝悪者〟のはずの二酸化炭素は地球の気温を11℃上げているだけが、水蒸気は22℃も上昇させている。さらにメタンは二酸化炭素の25倍、一酸化二窒素は300倍、フロンは数千倍の熱を閉じ込めることを初めて知った。
驚きながら読み進めるうちに、これまで最小限の注意しか払っていなかった「空気という存在」への見方が変わってくるはずだ。楽しく読めて学びも大きい、まさに第一級の科学ノンフィクションと言っていいだろう。 (鈴木裕也・科学読み物研究家)
白揚社だよりVol.10
*クリックすると拡大して、お読みいただけます。ぜひ他のコンテンツもご覧ください。
表